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神戸地方裁判所 昭和39年(ワ)1196号 判決

原告

右代表者法務大臣

石井光次郎

右指定代理人

伴喬之輔

藤田康人

中小路宣征

被告

岸勝市

田中征三郎

主文

被告らは原告に対し、各自金二一万三、九〇九円及びこれに対する昭和三八年一一月五日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は二分し、その一は原告、その余は被告らの平等負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告指定代理人は、「被告らは原告に対し各自金四七万二、九〇九円及び右金員に対する昭和三八年一一月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり陳述した。

一、昭和三六年一一月二七日午前一〇時頃、当時土建業を営んでいた被告岸に雇傭されていた被告田中は、被告岸が所有しかつ営業の用に供していた大型貨物自動車「兵一す、七五三四」(以下本件加害車という。)を、右営業のために運転して明石市上水町一、四八三番地先国道を西進し、同所の交差点を左折しようとした際、左側方の安全を確認せず漫然と左折した過失のため、偶々右本件加害者と併行して、訴外宇佐善雄が原告所有の自転車に乗つて進行しているのに気付かず、これに本件加害車を接触させて路上に転倒せしめ、同人に顔面挫創、頭蓋骨折、右大腿骨折等の傷害を蒙らせたほか、右原告所有自転車の車体、ハンドル等を屈曲破損した。

二、右事故(以下本件事故という。)により、訴外宇佐及び原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  訴外宇佐の損害

1  治療費 金三〇万七、一〇九円

本件事故発生時から昭和三八年五月三〇日まで明石市立市民病院において治療を受けた費用。

2  将来における得べかりし利益の喪失 金一〇七万二、六五〇円

右傷害の結果発生した後遺症による労働能力の滅少に基づく損害。後遺症の内容、右金額算出の根拠は別紙記載のとおり。

(二)  原告の損害

前記自転車の修理費金 六、八〇〇円

三、前述のとおり、本件事故は被告田中の過失により惹起されたものであるから、同被告は訴外宇佐及び原告に対し民法第七〇九条に基づき、被告岸は右宇佐に対しては自己のために本件加害車を運行の用に供したものとして自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」と略称)第三条に基づき、仮に右法条の適用がないとしても被告田中の使用者として民法第七一五条により、原告に対しても右同様民法第七一五条に基づき、それぞれ前項記載の損害を賠償すべき責任がある。

四、ところで、訴外宇佐は明石郵便局の職員であり、公務である簡易保険の集金業務に従事中、前記事故に遭遇したものである。そこで原告は、国家公務員災害補償法(以下「公災法」と略称)第九条以下の定めに従い、昭和三七年三月二六日から昭和三八年一一月四日までの間に左記の合計金五六万六、一〇九円の公務災害補償を行つたので同法第六条第一項により、右宇佐が被告らに対して有する前記損害賠償請求権を右補償額を限度として取得した。

(一)  療養補償 金三〇万七、一〇九円

(二)  障害補償 金二五万九、〇〇〇円

その後原告は自賠法による保険金一〇万円を受領したので、残額は金四六万六、一〇九円である。

五、よつて原告は被告らに対し、各自前項記載の金四六万六、一〇九円及び前記原告自身の損害金六、八〇〇円、合計金四七万二、九〇九円並びにこれに対する本件事故発生後であり、かつ補償給付の後である昭和三八年一一月五日から右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告岸は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、「請求原因事実中、昭和三六年一一月二六日当時、被告岸が土建業を営み、その営業のため被告田中を雇傭していたこと、被告岸が原告主張の本件加害車を所有し、これを右営業の用に供していたことは認めるが、その余は全部知らない。被告田中は私用のため、被告岸に無断で右加害車を持出して事故を起したものである。」と述べた。

被告田中は適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面をも提出しない。

証拠として、<省略>

理由

一、被告岸に対する請求について、

(一)  <証拠>を総合すると、被告田中は原告主張の日時に、本件加害車を運転して、原告主張の交差点附近国道を時速約三〇粁で西進し、同交差点を左折南進しようとした直前、右加害車のやや前方を足踏み自転車に乗り同加害車と併進して、そのまま同交差点を西へ直進せんとしていた訴外宇佐を発見したが、同人の動静に注意することなく、同人が右交差点に至るより先に左折し得るものと軽信し、減速、一時停止或いはクラクシヨンの吹鳴等の措置をとることなく、後方から同人の自転車を追抜くや直ちにその直前を横切つて左折進行したため、本件加害車中央部が同人に接触し、同人は自転車諸共路上に転倒して受傷したことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうとすると、右本件事故は明らかに被告田中の自動車運転上の過失によつて惹起されたものであり、同被告は右事故につき民法第七〇九条に基づき不法行為者としての責に任ずべきものというべきである。

(二)  ところで、右本件事件発生の当時、被告岸は土建業を営み、右業務のため被告田中を雇つていたこと、被告岸が本件加害車を所有し、これを営業の用に供していたことは原告と被告岸との間において争いない。

しかるところ、被告岸は、本件事故は被告田中が本件加害車を私用のため被告岸に無断で持出した際発生したものであると主張し、<証拠>中には右主張に沿う供述が存する。しかしながら、<証拠>によると、被告田中は本件加害車の運転手として雇われていたものであるところ、被告岸は平素から右自動車の鍵を被告田中に預けていたこと、被告田中は、右自動車の車庫のある被告岸の営業所に居住していたこと、従つて被告田中は事実上、何時でも右自動車を使用し得る地位にあつたものであり、過去にも私用のため同自動車を使用したことがあることも認められる。

そうすると、たとえ右被告岸主張の事実が存するとしても、被告岸は、被告田中を信頼して本件加害車の管理を同人に委ねていたものと解すべきであり、また本件事故時の被告田中の自動車の運行を客観的、外形的に捉えて判断すると、それは被告岸のための運行と解することができるし、かつまた、同被告の「事業の執行」にあたるものとも解することができるから、同被告は自賠法第三条並びに民法第七一五条に基づき、本件事故により発生した損害を賠償すべき責任を負わねばならない。

(三)  そこで、原告主張の訴外宇佐の蒙つた損害について判断することとする。

1  <証拠>を総合すると、訴外宇佐は本件事故により原告主張のとおり傷害を蒙り、その治療のため事故後から昭和三七年七月二二日まで明石市立市民病院に入院し、退院後も昭和三八年五月末日頃まで同病院に通院し治療を受けたこと、その間の療養費として、入院中医師の指示に従い附した附添婦の看護料、退院後の通院のための交通費、診断書作成のための費用(金二〇〇円)を含め、合計金三〇万七、一〇九円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、右はいずれも本件事故と相当因果関係の範囲内にある出費というべきであり、被告岸は自賠法第三条により、右宇佐に対し右金額相当の損害賠償義務を有することになる。

2 <証拠>に弁論の全趣旨を綜合すると、訴外宇佐は明石郵便局に勤務する国家公務員であり、本件事故による療養期間中も従前からの給与額全額の支給を受けていたこと、現に、本件事故前と同一の簡易保険料集金業務に従事して従前と同額の給与の支給を受けており、事故により何ら収入の低下を来していないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告は訴外宇佐の労働能力減少による将来における逸失利益の存在を主張するが、右宇佐に原告主張の後遺症が残つたとしても、身体障害(ないしは傷害)そのものが不法行為による財産上の損害にあたるものとは解し得ず、その障害の結果現実に発生した具体的な財産上の不利益が右損害を構成するものと解すべきである。ただ、将来における得べかりし利益の喪失を認める場合、結局はそれが不法行為時に現実に発生した損害と解すべき関係上、その金額の算定にあたり、必ずしも確定的とはいえない高度の蓋然的要素をも考慮しなければならないことは争えないところであるが、右宇佐のように、受傷後も現実には何ら収入の減少を来していないことが確定的な事実として判明しているに拘らず、また、右認定事実、すなわち事故の前後を通じ同一の収入を得ている事実に照らすと、想定可働年限以内に右障害のため収入の減少が予定されている等特別の事情のない限り右宇佐は将来においても、右事故のため収入の減少を来すことはないものと推定するほかはないので、身体の後遺障害が存するが故に、ただそのことだけで、将来における収入の減少を肯認することはできないものというべきである。

しかるところ、前認定の右宇佐が現に事故前と同一の勤務に服している事実は、同人の現に受けている給与が、同人の労働能力に比して過分な恩恵的ものではなく、同人の労働能力に相応したものであることを示すものとみるほかなく、他に前記特別の事情についての主張、立証はない。(なお、労働能力の低下自体が財産上の損害にあたるものと解し得るとしても、それを金銭的に評価するに際し、結局は右と同一の判断により、同一の結論に到達せざるを得ないものというべきである。)

従つて、訴外宇佐が労働能力減少による得べかりし利益を喪失した旨の原告の主張は採用することができない。

(四)   次に原告自身の損害につき判断する。

<証拠>を総合すると、訴外宇佐が本件事故当時乗車していた自転車は原告所有のものであるところ、右事故の結果、ハンドル、フレーム等が破損し、その修理費として金六、八〇〇円を要することが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、原告自身も本件事故により右修理費相当額の損害を蒙つたものということができ、被告岸は民法第七一五条により、原告に対し右金額の損害賠償義務を負うこと明らかである。

(五) <証拠>を総合すると、原告は昭和三八年一一月四日までに、訴外宇佐に対し公災法に基づく原告主張の金額の療養並びに障害補償給付をしたことが認められる。

そうすると、原告は同法第六条第一項により右宇佐が被告らに対して有する損害賠償請求権を右補償給付額を限度として取得したことになる。

ところで原告は、宇佐が被告らに対して有する損害賠償請求権として、前記療養費相当額並びに得べかりし利益の喪失額の損害の存在を主張するが、前述のとおり右のうち後者の発生を認め得ないのであるから、原告が右法条により取得した被告らに対する損害賠償請求権は右療養費相当額(=療養補償額)に限られることとなる。

この結論は一見不合理のように考えられないではないが、公災法に限らずいわゆる障害補償により填補されるものは民法上の損害賠償の範囲とは必ずしも全面的に重なり合うものではなく、精神的損害の補償を含まないとされているうえ、民法上財産的損害としては許容し得ない身体障害そのものに対する補償の趣旨をも含むものであることは否定し得ないところであり、この見地及び従来採られている損害賠償理論からして右の結論も止むを得ないというべきである。

(もつとも、右宇佐の本件事故による負傷のための欠勤期間中、原告が同人に支払つた給与相当額を、欠勤のため労務の供給を受け得なかつた原告固有の損害として、被告らに対し賠償請求し得る余地もないことはなかろう。)

しかして、原告が自賠法による金一〇万円の保険金を受領したことは原告の自認するところであり、弁論の全趣旨によると、右は前記公災法第六条第一項により原告が取得した被告らに対する損害賠償請求権の行使として受領したことが明らかであるから、これは当然前記療養費にあたる金員の一部に充当さるべきものと解さざるを得ない。

そうすると、原告は右法条に基づき被告岸に対し補償を求め得る金額は、右療養補償費相当額から金一〇万円を差引いた金二〇万七、一〇九円となる。

(六)  以上により、原告の被告に対する本訴請求は、右療養補償費相当額のうち金二〇万七、一〇九円並びに自転車破損による原告固有の損害、金六、八〇〇円及びこれらに対する本件事故発生の後であり、かつ訴外宇佐に対する療養補償給付後である昭和三八年一一月五日から右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては理由があるが、その余は失当といわざるを得ない。

二、被告田中に対する請求について、

被告田中は民事訴訟法第一四〇条第三項により原告主張事実を自白したものとみなされる。

しかしながら、本件事故により訴外宇佐の蒙つた将来における得べかりし利益の喪失額算定の基礎となるべき要素として原告が主張する事項のうち、厳格な意味において右自白の対象となり得る事項は、別紙記載1の右宇佐の身体障害(後遺症)の内容、同4の賃金額及び同5の事故当時の年令のみであり、その余の点は自白の対照たる″事実″にはあたらないものと解される。

しかして、原告は公災法に基づく死亡の場合の補償(遺族補償額)額に対する右宇佐の同法による障害補償額の割合による労働能力の喪失を主張するが、右障害補償は民法上の損害(将来における得べかりし利益の喪失)と全面的に一致するものではなく、同法独自の見地から定められた制度であること前述のとおりであり、そうすると、具体的に右宇佐に将来の逸失利益の存在することを認め得べき事実の主張または立証のない限り、前記自白事実のみをもつて、右逸失利益の存在並びにその額を推認することはできないものというべきである。

しかるところ、原告の受領した自賠法による金一〇万円の保険金の趣旨については、被告岸に関して述べたところと同一であるから、結局被告田中も、被告岸と同額の損害賠償責任を負うに過ぎないものと解さざるを得ない。すなわち、被告田中は原告に対し、民法第七〇九条により本件事故のため原告自身の蒙つた損害、金六、八〇〇円(自転車修理費)及び右事故により前記宇佐が同法同条により同被告に対し有していた損害賠償請求権のうち、原告が公災法第六条第一項に基づき取得したもの、金二〇万七、一〇九円(療養補償費の一部)並びに右各金員に対する本件事故発生後であり、かつ右宇佐に対する療養補償給付後である昭和三八年一一月五日以降右完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を有するに過ぎないこととなる。

三、以上により、原告の本訴請求は、被告らに対し各自金二一万三、九〇九円の支払を求める限度においては理由があるので認容するが、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条、第九三条第一項、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(原田久太郎 松原直幹 尾方滋)

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